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犬土偶日記

海の近くに住みたい

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話題:種子島&屋久島 2007年夏

2007年10月20日

犬土偶旅行記 110日目 帰還 〜殺伐とし過ぎた世界へ〜

公開日時: 不明

長旅もつひに終る。今日で本当に最後。朝早く種子島を発つ。長いやうで短い110日だつた。最初は8月末ぐらゐまでの予定だつた。しかし7月の3分の2を梅雨と台風で引き篭もらされて何もできず、やつと梅雨が明けたと思つた瞬間によきの海水浴場で原付のキーを失ひ、同時に眼鏡も失つて8月1日まで身動きが取れなかつた。それによつて予定が大幅に狂つてしまつた。それ以降も大勢親戚が来たりして、気付けば盆が明けるまでダラダラと過ごしてゐた。種子島の夏を堪能するつもりで去年の秋頃から全てを犠牲にして異常なまでに大量の時間をパチ屋に葬り、11月から6月までで200万以上苦労して稼いだ。春頃にはもう種子島に行つても大丈夫かなと思つてゐたので、チケットを取ることにした。チケットを取つてから実際に行くまでの間に壮絶な不運を食らつて金が激減する危険性もあつたが、激安の航空券を狙ふと2ヶ月前には予約せねばならん。気候に詳しくないので、種子島は6月末には梅雨明けして7月には全開に晴れ渡つてゐると勘違ひしてゐた。だから5月2日発売の7月3日のチケットを力強く購入した。

盆は色々と親戚が来て賑やかになるだらうが、それ以外は祖母と2人きりでのんびり暮らすといふのを想像してゐた。しかし、連休中に肺癌の親戚の見舞ひに行つた際に祖母が湿疹やリンパ節の腫れを医者に診て貰ひ、後日ATLが発症してゐることが発覚した。親からメールで知らされたんだが、夏まで持つかどうかだと言ふ。飛行機のチケットを取つた後でこれか!狙はれてないと思へる要素がダニの糞ほどもない!などといつものやうに歯を食ひ縛ると同時に、ネットでATLについて調べてみたりした。発病パターンにも色々あるやうだが、リンパ節が腫れるのはかなり厳しいやつらしい。抗癌剤治療をして上手く効けば3年ぐらゐ生きることもあるが、大体発病から1年半以内に死ぬらしい。ずいぶん前から症状が出てゐたと聞き、呑気に種子島に旅行に行くやうな状況ではないと思つた。それでもチケットを買つてしまつたし、どうするべきか悩みつつ、親に祖母の病状を聞いたりするが、親も電話で叔母から聞くだけなので正確なことが分からない。俺は行つても何の役にも立たない。そんな大変な時に行つたら邪魔になるだけかもしれない。でも行きたかつた。

何だかんだでノートPCも買つたりして後には退けない状況になり、行くことになつた。俺が行く日は大学病院で肺癌の親戚の大手術と祖母の診察だつたので、俺が着く時間は家が無人かもしれない状態だつた。誰もゐなかつたら勝手に入れと言はれて実際に行つてみると、やはり無人だつたので勝手に入つた。しばらくして祖母と叔母が帰つて来た。叔父は鹿児島に残つて翌日に帰つて来た。祖母の容態は親から聞く話では全然分からなかつたんだが、実際に会つてみると予想以上に元気だつた。もうすぐにでも危ないといふやうな状況には見えなかつた。それからどんどん悪化していくかといふとさうでもなく、治療が効いて湿疹が消え、見た目はよくなつてゐた。食欲が無くなり始めたが、畑にも海にも行くし、かなり元気だつた。この分なら突然急激に悪化したりしさへしなければまだ何年か大丈夫なのではないかと思へた。

祖母が不治の病だといふことで、遠くに住む親戚が入れ替はり立ち代はり次々と来た。初めて会ふ人や数十年ぶりに会ふ人ばかりだつた。夏休みが終り、みんなが帰るまで祖母は元気だつた。みんなまだ大丈夫だと思つて帰つたのではないかと思ふ。だが8月末に高熱が出始めた。そして肺炎で入院し、そのまま亡くなつた。最後は急激に病気が進行した。肺をやられて呼吸ができず、最後はかなり苦しい思ひをした。あんなに多くの人に慕はれて真面目に生きてゐた祖母が何であんなに苦しまねばならんのだ。あまりにも惨い。来年は枯らしてしまつた蜜柑の代はりに白桃を作らうと思つてゐると言つてゐた。苺も作らうと思つて、庭で苗を育ててゐた。入院する直前まで来年の落花生の種を干して準備してゐた。まだまだやる気満々だつた。あまりにも無念過ぎる。ATLさへ発症しなければまだ20年ぐらゐは好きな農業をやつてゐたかもしれない。

俺もいつも通りの些細なハプニングに見舞はれて思ふやうに釣りも観光も堪能できず、何もかもが中途半端になつてしまつた。祖母が亡くなつた後は忌明けまで海にも山にも行くなと多くの人に言はれた。あまりさういふ迷信みたいなのは好きではないが、十何年も前に亡くなつた祖父の仏壇に毎日お茶をあげるやうな、割と信心深かつた祖母の人生に対し敬意を表す意味で、海や山へは行かないことにした。山に登れないので屋久島も開聞岳も桜島も行かない。海に行けないのでダイビングも釣りも海水浴もしない。やり残したことは次来た時にやれば良い。無職の極貧だから次はいつ来れるか分からない、などと言ふが、数万円程度のことで種子島に来るのを躊躇ふのも見苦しい。来年の夏、祖母の初盆供養に参加できるやうに金を稼がうと思ふ。今までは少し余裕ができるとパチ屋へ行かなくなつて全然金が貯まらなかつたが、無理して通ひ詰めればそこそこ稼げるのだ。いつまでもそんなやり方で稼ぐ気はないが、他の方法が今は思ひつかないので当面はこの地獄を継続する。来年の夏にまた種子島に行くために。今年これだけバンド練習をサボつてまた来年行くなどと言つたらバンドメンバーが怒るかもしれんな。

やり残したことも多く、名残惜しいといふか未練がましいといふか、全く帰りたいと思へなかつたが、いつかは帰らねばならぬ。それも可能な限り早く。予定を大幅に超えてバンド練習を休み過ぎた。可児での生活も色々と放置できないものがある。パチンコの貯玉カードを長期間使はないと貯玉がゼロになる。25万円ほど入つてゐるので何とかしないといけない。他にも色々とやることはある。それに種子島は俺の居場所ではない。可児より種子島の方が断然好きだが、それでも俺の居場所ではない。帰らねばならぬ。1週間前に半泣き状態になりながら飛行機のチケットを買つた。

種子島から出る飛行機の便が少ない。鹿児島行きは今の季節3便しか無い。朝9時20分といふ超絶早起きを強ひられる飛行機か、それを逃すと15時50分といふ帰るのが遅くなる飛行機だ。9時20分で帰るしかあるまい。起きれるかどうかが物凄く不安だ。ここ数日、一応目覚ましを8時頃にセットしてゐたが、起きれた試しが無い。大体12時か13時まで爆睡してゐた。帰る日だけ都合良く早起きできるわけがない。でも起きるしかない。目覚ましを7時45分ぐらゐにセットしておいた。

目覚ましが鳴つたがほぼ無意識状態で止めてしまつた。だが奇跡的に8時15分頃に目が覚めた。祖母が起こしてくれたのかもしれない。外は暴風。晴れてゐるが風が恐ろしく強い。風のせゐで飛行機が飛ばなかつたらもうしばらくここにゐられるのに・・・なんて思つたりしたが、無情にも飛行機は飛ぶ。昨日は酔ひ過ぎて花を買ひに行くのを忘れてしまつた。祖母の祭壇に新しい花を供へて帰るつもりだつた。新しいお茶を供へて線香をあげて家を出る。撮り溜めた写真を焼いたDVD-Rを叔父に渡す。密かにバンドのサイトのインターネットショートカットも紛れ込ませておいた。猫の叔母の息子と、バイクの叔母と、そして叔父にバンドのサイトを教へたことになる。直接教へた猫の叔母の息子以外は気付かないかもしれないけども。まあただの宣伝だ。それによつて広告クリック率が上がれば俺の収入も上がる・・・なんてことを考へてゐたが、最近アカウントを消されてしまつて広告収入は断たれた。いづれ別の会社の広告で再開するかもしれないから無駄にはならんだらう。それにしても、ずいぶん長い間色んな人に世話になつたな。俺1人で暮らしてゐた時期もあつた。一瞬で生活のリズムが狂つて夜中の2時や3時まで起きてゐた。そんな深夜に煌々と灯かりを点けてゐる家が周囲に全く無いので恐ろしい量の虫が集まつて来て大変だつた。アースノーマットの威力が凄まじく、朝に掃除機を掛けないといけないぐらゐだつた。さういふことも体験しつつ、本当に色んな人に世話になつた。祖母は残念ながら亡くなつてしまつたが、最後の2ヶ月半を一緒に過ごせて良かつたと思ふ。生涯で祖母と過ごした時間は4ヶ月か、多くても半年程度だらう。種子島にはなかなか来れない。でも自分で稼ぎ始めてから常に金欠状態だつたわけではない。金に余裕がある時にもつと種子島に来ておけば良かつたと今さらながらに思ふ。カライモやポンカンやタンカンや菓子が祖母から送られて来ることはもうない。送られて来てもロクにお礼の電話もしなかつた。今年種子島に来るまで祖母の家の電話番号も知らなかつた。初孫が一番のダメ人間だつた。

荷物を持つて玄関を出て、叔父の車に乗る。この家に来るのはこれが最後かもしれない。祖母は南種子の病院に入院する日、叔父の車に乗る時に何を思つたんだらうか。空港までの景色を眺めながら、来年また来れるやうに、帰つたら我慢して地獄の生活を続けようと思つた。まだやり残したことが多過ぎる。帰るには早過ぎる。何で俺は飛行機のチケットを買つてしまつたんだらうか。四十九日までゐれば良かつたのではないか、などとこの期に及んで未練がましい。もうダメだ。全てを振り切つて帰るのだ。どうせゐても叔父の負担になるだけだし、海にも行けない。

新種子島空港から飛行機に乗るのは初めてだ。前に種子島に来た時は祖父の13回忌だつた。その時はまだギリギリ旧空港だつた。新空港自体は今まで何度も何度も色んな人を見送つたり迎へに来たりしたが、自分がここから乗るのは初めてだ。搭乗待合室がどうなつてゐるのかすら知らない。結構色んな場所を見に行つたが、最後はここ、種子島空港の搭乗待合室。・・・と思つたのだが、来た時はここを通つて出たのではあるまいか。向う側からだが、確実に通つたはず。そんなことも忘れてしまふほどの長期間種子島にゐたんだな。待合室に入る前、空港内のテレビで占ひをやつてゐた。今日の乙女座は忘れ物に注意だとさ。荷物の置き忘れとかに注意しろだと。不吉なことを言ふな。種子島に忘れ物をしたら大変だ。

空港内の写真を撮りながら、もう戻れないといふ実感が湧いてきて気が狂ひさうだつた。あの飛行機に乗つたら全てが終る。種子島生活が終るのではなく、もしかしたら俺の人生が終るかもしれない。種子島を離れるといふことよりも、墜落の可能性に脳が支配され始めた。飛行機に乗るといふことは、目隠しして平均台の上を全力疾走するのと同じぐらゐの勇気を要するのだ。この暴風がまた恐怖を煽る。後ろの方の窓側の席に座り、歯を食ひ縛る。もちろん右の窓側だ。種子島から鹿児島に向かふと、左側は何も見えない。未練がましく種子島を眺めるなら右側が良いのだ。恐ろしい勢ひで加速してあつと言ふ間に上空に上がる。タイヤが地面を離れる瞬間、これで終つたと思つた。色んな意味で。島の東側から西側に向かつて飛び立つ。空港の位置が変はつたので、見える風景も旧空港から飛ぶ時と違ふ。野間にあつた旧空港から飛ぶ時は、雄龍雌龍の岩や祖母の家などもハッキリ見えてゐた。しかし、新空港から飛ぶ時は残念ながら住吉から北の方しか見えない。搭乗手続きの時に貰つたアンケートに答へた。種子島空港についてのアンケート。乗り継ぎや発着時刻については不便と回答しておいた。名古屋と種子島の連絡が絶望的に悪いと回答。さらに、直行便が来るとしたらどこからの便が欲しいかといふ問ひには当然名古屋。名古屋からの直行便があればかなり楽になる。でもさうなると鹿児島空港に寄ることがなくなるから鹿児島のさつま揚げを食ふ機会が減るな。別に種子島にもあるから良いけど。

種子島空港搭乗待合室から見る飛行機 種子島空港搭乗待合室から見る風景 種子島空港 飛行機へ 種子島空港滑走路の風景
飛行機に向かつて歩く 管制塔 空港の建物 乗り込む直前

風が強過ぎて恐ろしく揺れる。小さいプロペラ機だから簡単に風に舞ふ。恐ろしく気分が悪い。飛行機に酔つて気分が悪くなると何故かゲロ吐きさうになるのではなく、ウンコが漏れさうになる。恐ろしく気分が悪い。何でいつもいつもウンコに苦しめられるんだらう。気分が悪くなりながらも必死に島を眺める。あっぽ〜らんどや浦田海水浴場、そして喜志鹿崎。あまり行かなかつた島の北の方ばかりよく見える。さらば種子島。

空から見る十六番 空から見る古田方面 遠くに西之表港が見える
西之表港を真上から 島の北側を空から見る 島の北西から
空から見るあっぽ〜らんど 島の北端1 島の北端2

上の写真の解説をしようと思ふ。まづ上段左の写真。下のやや右から上に向かふ道がある。これは県道583号線。下へずつと行くと国道58号線浜津脇へ。浜津脇のT字路を右(北)へ少し行くと雄龍雌龍の岩がある。左へ行くと野間方面だ。写真の右端でT字路になつてゐるが、その道は県道76号線。右へ少し行くと空港があつて、その先は空港トンネル、二十番、野間へ。左上の方へ進むと古田経由で甲女川の脇から西之表港へ出る。写真の道を辿つてみると、途中で山の中に入つてよく分からなくなるが、左へ抜けて写真左上に微かに見える西之表港まで続いてゐる。途中には御前橋や種子島トンネルがある。上段真ん中の写真は同じく県道76号線。古田から西之表にかけて。よく分からないけど誠の碑公園も写真内にあるだらう。上段右の写真は西之表港。右上方向が北で左下が南。海岸線の左端の砂浜はよきの海水浴場だらう。続いて中段左の写真。これは西之表港を真上から見たところ。真ん中に張り出した半島みたいなところの先の三角の部分はトッピー乗り場の先の立ち入り禁止区域。現在工事中で近いうちに公園ができるやうだ。半島の真ん中ら辺にある青い建物が乗船場。写真の右下の方にわかさ公園の運動場が見える。運動場の上の森がわかさ公園だ。運動場の少し下に市営プールも見える。この付近にイケダパンと親戚の家がある。写真の右の真ん中ら辺から港に向かつて流れる川が甲女川。河口から2番目の橋のすぐ下にあるデカい建物がだいわ。川の対岸にはサンシードとその駐車場が見える。鉄砲まつりの太鼓山行列が川を渡つた場所だ。続いて中段真ん中の写真。右下が西之表港で左上が喜志鹿崎。真ん中ら辺に薄つすらとダム湖が見える。それが西京ダムとあっぽ〜らんど。中段右の写真は同じ場所を違ふ角度から見た物。下段左の写真は島の北をアップで見た物。写真の真ん中の左端の方にあっぽ〜らんどが見える。ダム湖の真ん中の小島に橋が架かつてゐて、その少し上に芝生の広場が見える。そこにあのだむだむ号といふ船型の遊具がある。下段真ん中の写真は島の北端方面。左の方が北。北端の少し下に出つ張つてゐる小さい半島みたいなところの根元に浦田海水浴場がある。下段右の写真はその場所を拡大した物。何故か浦田海水浴場の場所だけ水の色が綺麗。底が白い砂地だからだらうか。喜志鹿崎灯台も写真を拡大すれば見えるのだが、説明しにくいので興味がある人は灯台に行つた日の写真と見比べながら探してみると良い。

鹿児島空港に無事着陸し、アンケートの回答を渡して飛行機を降りてバスで建物まで行く。早くしろよ。歯を食ひ縛るだけでウンコが出るよ。どこにも力を入れず、かと言つて緩めもせず、顔面蒼白で無心にひたすら勝利の時を待つ。バスを降り、滑らかに滑るやうに便所へ突入。完全勝利。危ないところだつた。

9時50分に着いたが、次の飛行機は12時半。まづは搭乗手続き。機械にクレジットカードを挿入してチェックイン。座席指定をしてゐなかつたので席を決める。シートマップを表示して選ぶべきだつたが、面倒だつたので窓側といふボタンをサクッと押した。座席番号は12F。F?もしかして右端か?鹿児島から名古屋は太平洋の海岸沿ひに飛んで行くから、右側は海しか見えないんぢやないのか?猛烈に後悔した。でももう遅い。全てウンコのせゐだ。さうでなくてもウンコのせゐにしておかう。

何事も無ければ13時45分に中部国際空港に着く。そこからさらに2時間で可児だ。昼飯は別に食はなくても良いんだが、家に帰つても絶対に何も無いだらうから、どこかで食つておいた方が良い。鹿児島で食ふか、セントレアで食ふか。折角だから可児から遠い鹿児島で食つた方が良い気もするが、4ヶ月近く種子島にゐたせゐか、むしろ中部地方の味の方が珍しい。しかしそんなことは果てしなくどうでもよく、プロペラ機が揺れ過ぎて気分が悪くなり、ウンコを葬つてもとても飯を食へるやうな状態ではなかつた。といふことで、鹿児島で飯を食ふのはヤメ。中部行きの飛行機までまだ時間があつたので、空港内をウロウロした。土産屋を覗いてみたり、展望デッキに上がつて飛行機を撮影したり。7月3日は大雨で大変だつたことを思ひ出した。さう言へば外に足湯があると叔父が言つてゐたなと思ひ、外に出てみた。結構派手な場所だつた。もつと汚いのを想像してたんだが、なかなか良い雰囲気だつた。しばらく入つてみた。どんな効果があるのかは知らん。近くに飲む温泉もあつたので飲んでみたが、ゆで卵の腐つた臭ひがして不味かつた。これは腹壊すんぢやないのか?

鹿児島空港展望デッキ1 鹿児島空港展望デッキ2 鹿児島空港展望デッキ3
鹿児島空港展望デッキ4 鹿児島空港展望デッキ5 鹿児島空港展望デッキ6

土産を買ふことにした。鹿児島と言へばさつま揚げだらう。自分用と、バンドメンバー用。種子島でも色々買つたが、バンドメンバーには迷惑を掛けたので多めに土産を買つて行く。バンド練習は土曜なのでメンバー用のは長持ちする真空パックのを買つた。荷物が増えて大変だな。ノートPCの入つたカバンにギター、そして土産。瀕死ですよ。

手荷物検査が面倒臭い。ノートPCはカバンから出して別にしないといけない。激しく面倒臭い。無事に検査を通過し、7番ゲート付近へ。まだ時間がある。喉が渇いたので近くの売店でホットコーヒーを飲むことにした。売店の椅子に座つて外を眺めながらデジカメのシャッターを押す。種子島にゐる間に一体何枚撮つたんだらう。風景ばかりでなく、もつと人を撮つておけば良かつたかもしれない。ふと思つた。ホットコーヒーは機内でタダで飲めるのではないか。俺は何故こんな小さい紙コップの薄くて不味いコーヒーに250円も払つてるんだらう。贅沢と浪費は違ふぞ。

空港の喫茶店からの風景1 空港の喫茶店からの風景2 空港の喫茶店からの風景3

乗る飛行機の到着が遅れて出発も遅れることになつた。10分ほど遅れて搭乗開始。最初は老人とか障碍者とか妊婦とか子供連れの人が優先で乗る。次は飛行機の後ろの方の席、11番〜21番の人が乗る。最後に1番から10番だ。俺は12番だから一番最後だな。待つのが面倒臭え。先に乗らせろボケ。・・・とかボケたことを本気で考へてゐた。最後に1〜10のお客様と呼ばれて列に並び、機械に券を入れる時になつてから、あれ?俺は先に乗らねばならん座席ぢやないのか?と気付く。バカ過ぎる。何故だ。気圧の急激な変化で脳がをかしくなつてゐるのかもしれん。機内に入ると、後ろの方は満席状態。上の荷物入れは満タンで入らない。窓側の席なので通路側の2人に退いて貰つて迷惑を掛ける。それにしても、また墜落の恐怖と戦はねばならんのだな。歯を食ひ縛るぞボケが。

鹿児島発中部行きの飛行機から見えた種子島10分遅れで飛び立つ。何故か最初に南の方に向かひ、Uターンして中部へ向かふ航路だつた。そのおかげで種子島が見えた。景色が見えないからダメだと思つてゐた右の窓側だつたからこそ種子島が見えた。まさか鹿児島から中部へ行く飛行機から種子島が見えるとは思つてなかつた。かなり種子島の近くまで飛んで行つた。南種子方面は霞んで野間の辺りまでしか見えないが、西之表港や長浜海岸の地形が見える。牧川はあの辺りだなと思ひながら、まだ未練がましく島を見る。Uターンしても後ろの席の窓からいつまでもいつまでも種子島を見続ける。

飛行機は時速800kmぐらゐで飛んでゐるらしい。しかし遥か下に見える陸や海の流れを見てゐると、とてもそんな速度が出てゐるやうには思へない。ゆつくりゆつくり飛んでゐるやうに見える。しかし、少し離れたところを飛行機が飛んでゐるのを見た。前の方から後ろの方へすれ違ふやうに飛んでゐた。恐ろしい速さだつた。時速800km同士ですれ違ふと時速1600kmに感じるのか?とにかく速かつた。コーヒーを飲みながら海や時々見える陸地を眺めてゐた。そしたらまた気分が悪くなつた。風が強くて結構揺れる。コーヒーが合はなかつたのか、それとも温泉を飲んだせゐか、腹が痛くなつてウンコが出さう。ゲロ袋にウンコ入れるぞ。何で俺ばかりこんな目に。もうすぐ着陸だから座つてシートベルトしろだとさ。便所にも行けない。しかしそこからが長い。まだ和歌山の辺りぢやないのか?早くしろ。大変なことになるぞ。機内は暖房つけてるのか?この中途半端な暑さがまた腹に来る。恐らく飛行機を降りたら今度は急激に冷やされるだらう。種子島と名古屋の気温差は6度か7度。死ねる。今日は久しぶりに暖かくて良い天気だと親からメールが来てゐた。それでも機内アナウンスで名古屋は気温20度だと言つてゐた。急激に冷えて腹に激しいダメージが来るだらう。それにしても20度で暖かいといふレベルなのか?26度で寒くなつて来たなといふ種子島から急激に名古屋に戻るのは危ないんぢやないのか?体調崩すぞ。降下開始。高度が下がるにつれて気圧が上がる。即ち腹にかかる圧力も増す。ウンコ我慢してる腹を全方位から猛烈に押される感じだ。そんな感触は全く無いが、気付かないだけで相当なパワーが加はつてゐるに違ひない。ウンコ色に染まれ。

機内からの風景1 機内からの風景2 機内からの風景3

知多半島を眺めながら東海地方に帰つて来てしまつたことを思ひ知らされた。種子島に行く前は島の大きさを知多半島ぐらゐだと思つてゐた。全然違つた。もつともつと巨大な島だつた。あんなに細くて狭いわけがない。さて、無事に着陸できるだらうか。そして無事に便所まで堪へられるだらうか。どんどん高度を下げ、気圧の変化で脳がモワモワすると同時に腹もますます痛む。もはや墜落の恐怖なんかよりも便意の方が重大だ。早くしろ。殺す気か。何とか無事に着陸はできた。あとは飛行機を降りてから一番近い便所までどれぐらゐの距離があるかだ。セントレアは無駄に広い。便所まで辿り着けてもその便所のウンコ部屋が空いてゐるかどうかといふハードルも越えねばならん。座席が窓側なので飛行機を出るのも苦労する。早くしろ。早くドアを開けろ。俺のドアが開く前に。

着陸する頃に機内アナウンスで秋の行楽シーズンがどうのかうのと言つてゐた。そんなシーズンがあるのかね。だから種子島にも中途半端に観光客がゐたんだな。長い長い動く歩道の上を滑らかに早歩きして便所を目指す。通路を塞ぐな。歩かないなら端に一列に並べ。ウンコ色に染まつてもいいのか?何で俺がこんな目に遭はねばならんのだ。ウンコマンと呼びたければ呼べ。これを読んだ全ての人がウンコに苦しめられますやうに。

何とか便所に滑り込み、憎しみを込めてウンコを流し殺した。もうこれ以上苦しめられることが無いやう、無意味に長時間粘つて出し尽くした。生まれて来たことを後悔しろ。苦しんで流れ死ね。程よく気分も回復してきたところで便所を出る。手を洗つて外に出て歩き始め、何となく違和感を感じた。ああぁああぁあ!!さつま揚げを便所に忘れた!!急いで便所に戻り、ウンコ部屋の壁に掛けてあつたさつま揚げを無事奪還。危ないところだつた。種子島空港の占ひはこれのことだつたのか。長時間ウンコ部屋で熟成したさつま揚げをバンドメンバーにあげるのだ。言はなければ普通に美味しく召し上がれるのに、イチイチ余計なことを言ふから不味くなる。この日記を読んだバンドメンバーは折角のさつま揚げを美味しく頂けない。恐ろしいほどに無意味な嫌がらせだ。真空パックだから大丈夫だぞ♪とか言つても無駄ですか?アーッヒャッヒャッヒャッヒャ!!

セントレアで飯を食つて行くつもりだつた。出てすぐの辺りに飯屋が大量にあつたはず。しかし何故か気付いたら名鉄の駅の方まで行つてゐた。取り敢へず高速船乗り場の方を撮影し、そのまま飯屋の方へ引き返す序でに名鉄の時刻表を見る。新可児行きが7分と37分にある。時計を見たら14時だつたので、飯を食ふことを考へると15時7分の電車が丁度良いだらう。その電車に乗ることに決めて飯屋の方へ。展望デッキに出てみたら凄い人だつた。何か珍しい飛行機でも来るのか?と思つたが、土曜のセントレアならこれぐらゐの人数がゐてもをかしくないのかもしれない。種子島でこれだけの人数がゐたら間違ひなく大事件だ。ロケット打ち上げ時の長谷展望公園や鉄砲まつりの時の西之表市街地よりも人が多い。あまり興味無いけど一応飛行機を撮影してから建物の中に戻り、飯屋を探す。和食を食ひたい。最初は天麩羅を食ひたかつたが、写真付き飲食店マップを見てゐたら、まるは食堂のエビフライが猛烈に気になつたのでそれを食ふことにした。セントレア定食1180円。刺身とエビフライと味噌汁ともずく酢とご飯。醤油が違ふ!種子島の甘い醤油ではなく普通の刺身醤油だ。味噌汁は東海地方なのに何故か赤だしではないが、これまた味が違ふ。しかし不思議と懐かしい感じはしない。デカいエビフライを食つて店を出て電車の駅に戻る。いつの間にか15時になつてゐた。丁度良い時間だが、もし座れなかつたら死ぬ。不安になりながら切符を買つてホームへ行つてみたが、電車は空席だらけだつた。特急で帰ると快適に早く帰れるんだが、座席指定券が高いから急行で帰る。もうこんなところまで帰つて来たんだな。

セントレア 高速船乗り場方面 セントレア 展望デッキ1 セントレア 展望デッキ2
セントレア 展望デッキ3 セントレア 展望デッキ4 セントレア 展望デッキ5

長え。遅え。セントレアを発つて1時間近く経つてまだ金山。ここからまだ1時間。キツ過ぎる。父親が西可児駅まで迎へに来てくれることになつてゐるが、何時に西可児に着くか分からないから電話しなかつた。電車の中では携帯電話を使へないから、西可児に着いてから電話することになる。駅で待つ時間が大変だな。懐かしいやうな、さうでもないやうな、見慣れた気がする風景を眺めながら、日常に戻る。犬山で進行方向が変はり、後ろ向きに走り始める。夕日が眩しい。でも違ふ。同じ日本だとは思へないほど種子島とここは違ふ。空気の匂ひが違ふ。夕日の色が違ふ。生えてる植物が違ふ。帰つて来てしまつた。

西可児駅前の風景電車を降りて改札を出る。完璧に帰つて来てしまつた。それにしても、セントレアにゐた時には涼しい程度だつたのに、ここは強烈に寒い。まあセントレアでは展望デッキに出た一瞬だけしか外にゐなかつたから、外気に徹底的に曝されるのは鹿児島での足湯以来だらう。秋は好きだが、俺の好きな秋を越えて冬に近い秋になつてゐる。寒い。可児に帰る時のために長袖のシャツを買つて着て来たが、全然足りない。寒い。熱い缶コーヒーを買つた。種子島には無かつた熱い缶コーヒー。分厚い上着を着てゐる人も多い。別世界か。この缶コーヒーをもつて種子島旅行の出費は打ち止め。旅行準備の段階からの合計で452948円使つた。ノートPCの13万と飛行機代がデカい。しかし祖母が元気なままだつたら、もう一度屋久島に行つたり鹿児島観光に行つたりしてさらに激しい出費になつてたな。まあ100万使つても大丈夫な資金を用意してたから良いんだけど。力み過ぎてゐたといふか、頑張り過ぎてゐたといふか、世間知らずだから100万ぐらゐ要るかもしれんと思つてたんだよ。まあ余つたのならこれからの生活が少し楽になるから良い。コーヒーを飲みながら親に電話したら騒々しい場所だつた。パチ屋だらうか。電話をしてから20分経つても来ない。確変中なんだらうか。溜息が出る。電車に乗つてゐる時に母親からもう着いた?とメールが来てゐたので駅に着いてから今着いたと返信した。父親に迎へを頼んだ後に母親から迎へに行かうか?と電話が掛かつて来た。母親に頼んだ方が早かつたなと思ひつつ断つた。

やはりパチ屋にゐたらしい。親も弟も負けたやうだ。僅かに残つた玉を全部打ち切つてから迎へに来たんだらう。家に帰つて予想を遥かに上回る散らかり方を見て、帰つて来てしまつたことを後悔した。ここが俺の住む世界なのか。台所も居間も凄惨な状態だ。俺の部屋も弟に荒らされて酷い有様。弟はいつも俺の部屋を壮絶に散らかしてゴミを増やしまくるが、本人は全くそんなことをしたと思つてゐない。パンが落ちてると指摘すれば、たまたま置き忘れただけだと言ふ。他は何もしてゐないとでも言ひたげだが、種子島に行く前は布団を敷けたのに、今は全く敷けない状態。布団があると邪魔だらうと思つて畳んで行つたのだが、その空いたスペースが見事に無くなつてゐるのだ。片付けるのが大変だな。まづ今日寝る場所に困る。台所は自分の飯を用意するために使はねばならんからどうしても片付けないといけない。自分の部屋は元からある程度散らかつてゐたし、帰つてから模様替へするつもりだつたからまあ良いとして、他は相当キツい。これですよ。これが俺の住む殺伐とし過ぎた世界。宝くじ当てて種子島に住まうと思ふ。下の写真は左から俺の部屋、ゴミ置き用の部屋、居間、台所。ゴミ置き用の部屋といふのは、居間に溜まり過ぎたゴミをぶち込む部屋のこと。捨てに行けよ。数年に一度俺がキレて玄関や外など他人に見えるところにブチ撒けて世間体を気にする父親に片付けさせるのだが、それまではかういふ悲惨な状態。

俺の部屋 ゴミ置き部屋 居間 台所

7月のままのカレンダーカレンダーが7月のままになつてゐる。7月のカレンダーを眺めながらこの日は何をやつた日だとか色々思ひ出した。まだ祖母が元気だつた頃だ。猫もゐた。強烈に日焼けしたり指宿に行つたり原付の鍵を無くしたり釣りに行つたり蜂に襲はれたり大工仕事を手伝つたり、色々あつた。可児で引き篭もつてパチスロ生活をしてゐるいつもの夏と比べたら天国のやうな日々だつた。何もしないで家でゴロゴロしてゐるだけでも楽しかつた。でも、地獄に帰つてきたんだな。無事に着いたことを一応叔父に知らせておかうと思ひ、携帯から祖母の家に電話した。最近まで電話番号を知らなかつたんだが、種子島にゐる時に自分の携帯に掛けて登録しておいたのだ。祖母は8月までずつと元気だつたから、祖母が元気なうちに帰つて祖母に無事着いたことを知らせる電話を掛けるんだらうなと思つてゐた。祖母がカライモを送つてくれると言つてゐた。可児に帰つて、送られてきた芋を煮て食ふなんてことも想像してゐた。何か俺だけバカみたいに祖母がもう少し長生きできるやうな気がしてゐたんだな。肺炎で入院してもまだ肺炎が治ると思つてゐたぐらゐだからな。絶望的に厳しい病気だと知つてゐたのに甘く見てゐた。後悔ばかり。楽しかつたけれども悔いの残る4ヶ月だつた。

種子島滞在日数は屋久島・指宿も含めて110日。長いな。1年の約3分の1を種子島で過ごした。でも言葉は最後まで理解できなかつた。原付走行距離は1387.5km。1日平均12.6km走つた計算だ。原付に乗らない日の方が多かつたと思ふんだが、それでも1日平均12km。ガソリンが高いのによくそんなに乗つたな。目標は2000kmだつたんだが、なかなか難しいものだ。車の走行距離は正確な数字は分からんが約500km。意外と叔父の車を運転した。屋久島のレンタカーも結構な走行距離だつたしな。まだ通つてない道はたくさんある。次行つた時はもつと細かいところまで走り尽くす。

家に帰つてからどうしようか悩んだ。まづは何をすべきだらう。日記を書かねばならんな。種子島旅行の最終日。ここまでが区切りだ。あとはノートPC上で更新されたデータをデスクトップに戻さねばならんな。家計簿のデータとか色々。旅行前にデスクトップからノートへのデータ移行にDVD-RWを使つてゐた。恐ろしい時間を掛けてRWに焼いてコピーし、恐ろしい時間掛けてRWを消去し、また焼く、そんなバカなことをやつてゐた。種子島に行つて叔父がUSBのメモリを使つてるのを見て、それに気付かなかつた自分のバカさに腹が立つたものだ。ノートから戻す時はUSBメモリを使はうと思つたことを思ひ出した。といふわけで、それを買ひに行かう。この3ヶ月半の間に溜まつた郵便物の中にエイデンの会員の招待状が混じつてゐた。期間は10月31日まで。最近のやつだ。中に精密ドライバーセットをタダで貰へる引換券が入つてゐたのでそれも序でに持つて行く。あとは通帳記帳だ。種子島滞在中にも主にガソリンでクレジットカードを結構使つたし、全く使はなかつた可児のケーブルテレビの料金も引き落とされてゐる。口座残高等も正確に把握しておきたい。

種子島に行く前に机の引き出しに2万入れておいた。何か俺宛の請求が来たらそれで払つておけと弟に頼んでおいた。携帯電話の最初の月の支払ひだけ請求書が来るかもしれないとか、さういふのがあつたから念のために置いておいたのだ。しかし何も来なかつたやうだ。で、8月末に帰るつもりが結局10月まで延び、その間にB'zがテレビ出演する機会があつたので、弟にビデオの録画を頼んだ。その2万円を使つてビデオテープを買へと電話で言つておいたんだが、面倒臭いからか、弟が自分の金で買つてくれてゐた。そのせゐで気付かなかつた悲劇があるのです。2万円はもう置いておく意味が無いから財布に戻さうと思つたのだが、どこをどう探しても見つからない。茶色い封筒に入れて引き出しの中に入れておいたんだが、そもそも引き出しの中身が激しくグチャグチャになつてゐて入れた当時と様子が違ふので封筒がどこにあるのか分からない。弟に聞いてみたら、7月にWILLCOMから請求が来るかもしれんと聞いて一応金がどこにあるか確認したと言ふ。その時はあつたらしい。でもその後は知らんと言ふ。まさか!と思ひ、弟が親に聞いたら、案の定だつた。何かの集金が来て払へなかつたから勝手に借りたらしい。8月の初めぐらゐに。借りたことを言ふのをうつかり忘れてたみたいにすつとぼけやがつて。もしその後に何か俺に請求が来てたらどうするつもりだつたんだ。8月の給料で返す気も無かつたんだな。9月の給料でも返さなかつたんだな。俺がその2万の存在を忘れてたらそのまま貰ふつもりだつたんだらう。もうこの2万は戻つて来ない気がした。本当に集金が来たのかも分からん。飲み代とかパチ代に使つたんぢやないかと思つてしまふ。まさか祖母の香典はこの金から出たんぢやないだらうな。かういふ世界ですよ。殺伐とし過ぎてゐるこの地獄のやうな世界。何も無い種子島が天国に思へるのも分かるだらう?

4ヶ月近く放置したので当然のごとく原付のエンジンが掛からない。だがそれは種子島で慣れ過ぎてゐる。アホみたいにキックですよ。従弟のバイクと違つてSTARTボタンが使へるんだが、バッテリーが切れるまでやつてもエンジンが掛からなかつたので結局最後はキックですよ。キック、キック、そしてキック。懐かしい。種子島と繋がつてゐるやうな気持ちになれる。歯ァ食ひ縛るぞボケ。だが従弟のバイクよりも遥かに楽にエンジンが掛かつた。掛かりにくいとは言つてもあの絶望感は無いからな。でも何か煙が凄い。しばらく様子を見てたんだが、真つ白い煙が激しく出続ける。根拠は無いけどまあ大丈夫だらう。一度激しく事故つたことがあつて手を離すと激しく左に傾くほどにフレームが曲がつてゐる。慣れないと危ない。従弟のバイクと違つて加速も良いしリミッターも付いてない。久しぶりに乗ると怖い。それにしても寒い。寒さのレベルが違ふ。種子島で鳥肌が立つほど寒かつた夕方も、芯まで冷えるやうな寒さではなかつた。ここの寒さは冷気が皮膚に突き刺さつて爛れて破れるやうな感触だ。痛いほど寒い。

エイデンで買ひ物。HDDが安かつたので買つてしまつた。可児にゐるとかういふ無駄な出費がある。何もしなくてもどんどん金が減つて行く。USBメモリは2GBで2980円だつた。相場は知らんが、思つてたより安かつた。玩具売り場へ行つたら、Xmasプレゼントに最適!人気No.1!とか書かれてDS Liteが売られてゐた。クリスマス?さう言へばそんな蛮族の祭があつたな。でもまだそんな時期ではなからうに。精密ドライバーセットを貰つて店を出る。帰つて来たばかりなのにもう可児の町に馴染んでゐる。種子島とは全然違ふ世界なのに何の違和感も無い。さすがに20年も住んだ町だから長期不在でもすぐに馴染む。8月末までの予定で工事してゐた谷迫間の坂はもう工事が終つて綺麗になつてゐた。種子島の国道58号の雄龍雌龍の岩のところや牧川北端の道路工事は俺がゐる間に終るかと思つてゐたが結局終らなかつたな。

銀行で通帳記入。7月末にGoogleAdSenseから12216円振り込まれてゐた。収入が100$を超えた翌月の月末に振り込まれることになつてゐるから、6月末に100$超えたんだらう。金額的にギリギリ100$を超えた感じか。種子島に来る前に100$超えてたとは知らなかつた。忘れてただけかもしれんけどな。5月ぐらゐからクリック率が落ちてゐた。普段は月70$ぐらゐだつた。まあ2ヶ月で100$超える感じがずつと続いてゐた。こんな少ない人数しか見ない犬土偶日記でもこれだけの収入がある。しかしをかしい。10月16日頃に無効なクリックが検出されたとかでアカウントを停止されたが、7月末に振り込まれたのなら7月から停止までの間に一度も振り込みが無かつたのは不思議だ。7月と8月で100$行かなかつたんだらうか。9月末で100$を超えて10月末に払はれるのを待つてゐる時期にあぼーんですか?どうせ8月31日で99.9$とかだつたんだらう?そこであと0.01$あれば無事に9月末に振り込まれてアカウント停止されてもあと11600円ぐらゐ多く貰へてゐたといふやうなウザい状況なんだらうよ。どうせ7〜9月の3ヶ月で170$ぐらゐ貯まつてたのを無残にあぼーんしたんだらう?まあどうでも良いよ。何も無いところから86000か87000円も貰へただけ儲け物だらう。死ね。苦しんで死ね。ウンコ食つて苦しんで死ね。

家に帰つたら電気が消えて誰もゐなかつた。どうやら2人で飲み屋に行つたやうだ。何だかんだで親と弟は似た者同士で気が合ふんだよな。弟もギャンブル依存症つぽい感じがするし。俺は本当にそつちに似なくて良かつたと思ふ。そんなことはどうでも良い。CHOSANGから電話があつたとの伝言が書かれた紙が置いてあつた。携帯に掛けてくれば良いのに。番号教へてなかつたかもしれんけど。しばらくして電話が掛かつて来たので出たらCHOSANGだつた。懐かしいな。4ヶ月ぶりか。バンド練習の予定が変更になつたのかと思つたら、何とSALLYさんの病気が再発してまた入院したらしい。それで明日Debugメンバー全員集まつて見舞ひに行かうといふことになつたやうだ。帰つて早々大変なことになつた。明日は種子島から送つた土産や荷物が届く日だから家にゐたいのだが、さういふ事情なら仕方が無い。弟に留守番させようとしても日曜は朝からパチ屋へ行くだらうから断られるに決まつてゐる。まあ配達屋には申し訳ないが、不在票を置いて再配達のパターンかな。

まづは110日ぶりにデスクトップを起動。Windows Updateをして、ウイルス定義ファイルを更新して・・・と、普通にやるつもりだつたのだが、何故かその以前にPCが起動しない。ドライブOが壊れてゐるのは前から知つてゐたが、Windows起動時にまづドライブOにcheck diskが入る。それをキャンセルすると固まる。かと言つてチェックさせても途中で固まる。どうしやうもない。何度も試したがどうにもならないので、(O:)がどのHDDなのか知らんがコードを抜くことにした。HDDが5台ぐらゐある。(P:)が外付けDVDドライブなので、たぶん一番下のHDDだらうと思ひ、PCの電源を切つて箱を開けて一番下のIDEケーブルを引つこ抜いた。そしたら無事に起動した。Windows Updateして再起動してウイルス定義ファイルを更新して、取り敢へずそれまでで気力が萎えた。ネットの回線が怖いぐらゐ速いのは良いんだが、5年半前のPCなので最近買つたノートPCと比べて動きが遅過ぎて苛々する。それに疲れ過ぎてゐる。種子島から帰つて来るだけで相当疲れた。種子島にゐる間、マウスを使はなかつたので、カーソルを動かす時にスペースキーの手前の何も無い空間を指で撫で回したりしてしまふのが自分でも笑へる。これは慣れるまで時間が掛かるかもしれない。ちなみに今日の日記はノートで書いてゐる。ここまでが種子島旅行の区切りなのだ。

あまりにも眠いから寝ようと思つたんだが、日常に戻る前に色々とやることが残つてゐるので、できることから無理してでもコツコツ消化して行かうと思つた。新しく買つて来たHDDをリムーバブルケースに入れてフォーマットする間に今日の犬土偶日記を書いたりする。家の中にゐても寒過ぎて死にさうだ。このままでは絶対に凍死する。昨日まで漸く秋が始まつたぐらゐの感覚だつたのに、帰つて来た瞬間にいきなり雪国の晩秋だ。暖房を入れて最高温度の強風にした。それでも寒い。これは眠れんかもしれんと思つた。といふか、よく考へたら寝る場所が無い。布団を敷くためには部屋を片付けないといけない。これは拙いことになつた。まあ気分転換に風呂でも入らう・・・と思つて風呂を覗いて絶句。凄いカビまみれ。弟と親はこの状態で風呂に入つてたのか。これはカビキラーで1日掛けて掃除しないと入る気がしないぐらゐの状態だぞ。種子島に行く前の日常生活に戻るだけのことに1週間以上掛かりさうな気がしてきた。1週間後のバンド練習までに新曲も弾けるやうになつておかねばならんし。4ヶ月近く種子島にゐてまだ新曲弾けるやうになつてないのか!と言はれさうだが、向うではほとんどギター弾きませんでした。バカンスを満喫ですよ。頑張れ俺!で、部屋にある物を隅に押しやつてギリギリ半分ぐらゐ布団を敷けるスペースを作つて狭過ぎる隙間で布団に包まつて震へながら寝た。ずつと種子島にゐれば良かつた。

今まで強引に種子島の名所を回つて大量の写真を載せて来た。基本的には私的なただの日記だが、読んでゐる人に少しでも種子島の良さが伝はれば良いなと思ふ。良い風景を写真に収められるやうに晴れの日を待つて出掛けたりもした。何も無い島だが素晴らしく良い島だ。交通費はそこら辺の外国に行くより高いし、その金に見合ふだけの物はほとんど無いので割に合はないかもしれないが、余裕があれば是非行つてみて欲しい。ただ、ロケットの打ち上げを見る目的で行く場合には長期滞在を覚悟した方が良い。すぐに延期しまくるから予定はあてにならない。近いうちにまた打ち上げ予定があると言つてゐた。冬に打ち上げるらしい。冬は釣りを楽しめるが、他にできることが少ないので行くなら夏にした方が良い。最後に、種子島で俺が好きな風景を紹介することにする。主要観光地や名所があまり無いが、俺が好きな風景といふ基準で選んだ写真だ。俺の印象に強く残つた種子島の景色。ちなみに全て初出。今まで見たことあるぞ!といふやうな写真でも良く見ると微妙にアングルが違つてゐたり、撮影の時間帯の関係で色合ひが違ふとか、とにかく全て今まで出してゐない写真。島の北から南へ順に並べてみた。

さらば種子島。多くの人に世話になつた。祖母や親戚の皆さん、ありがたう。バイクのキーを無くした時に世話になつた能野の人、ありがたう。修理代はどうなつたのでせうか。牧川港の漁師さんもありがたう。草ノ木の人達もありがたう。そして何より、バイクを貸してくれた横浜の従弟、ありがたう。バイクが無ければ今回の種子島旅行は成立しなかつた。このバイクが色々とネタを提供してくれて苦い思ひもしたけれども、それも良い思ひ出だ。また来年の夏に行けたら良いなと思ふ。

話題:種子島&屋久島 2007年夏

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